大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)102号 判決 1976年10月14日

原告

全国蒟蒻協同組合連合会

右代表者

神宮正三郎

右訴訟代理人弁護士

雨宮正彦

同弁理士

瀧野秀雄

被告

特許庁長官

片山石郎

右指定代理人

佐藤輝久

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実・理由

第一当事者の求めた裁判<省略>

第二争いのない事実

一、特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三八年七月二五日特許庁に対し、名称を「こんにやく類の保存処理法」とする発明について特許出願したところ、昭和四三年七月三〇日拒絶査定を受けたので、同年一〇月三一日審判を請求した(昭和四三年審判第七四六五号)。特許庁は、昭和四八年五月四日同事件について「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年七月一一日原告に送達された。

二、本願発明の要旨

こんにやく類を希薄石灰水とともに耐熱性を有する気密袋内に封入し、この密封された袋を温湯内で所望時間加熱し、これにより希薄石灰水が封入こんにやくを殺菌し、次いで冷水内に投入して冷却しあるいは自然冷却して得ることを特徴とするこんにやく類の保存処理法。

三、審決理由の要点

本願発明の要旨は前項のとおりである。ところで、特公昭三五―一六九八〇号公報(以下「引用例」という。)には、長期間の保存に耐えかつ収納、運搬に便利なこんにやく製品の製造を目的として、こんにやく粉と水又は温水とを混し、適当な粘度に達したとき、これに適量の石灰水を加え急遽攪拌混したものを不通気性かつ耐熱性の合成樹脂又はゴム製袋に入れ、袋を密封、加熱凝固して袋入食用こんにやくを製造する方法が記載されている。

そこで、本願発明と引用例とを比較して検討すると、両者は、共に長期間の保存に耐え、かつ収納、運搬に便利なこんにやく製品の製造を目的とし、こんにやくが耐熱性にして気密の袋に密封されたものである点で軌を一にするものであるが、本願発明は、既製のこんにやくを石灰水と共に前記の袋に封入し、これを温湯内で加熱殺菌するのに対して、引用例では、前記のとおり、半凝固状態のこんにやくを前記の袋に封入し、これを加熱して凝固を完結させるものである点で両者の間に差異が存する。

よつて、上記の相違点について検討するに、引用例における前記の半凝固状態のこんにやくが、石灰水を含有することは、これを調製する前記の製造操作からみて明らかであるので、本願発明と引用例との加熱処理前の袋に封入されたこんにやくの状態は、完全凝固か、半凝固かの差異はあつても、共に石灰水が介在していることは明らかである。

又引用例の記載によれば、前記の半凝固状態のこんにやくを熱湯中で約二〇分加熱して凝固を完結させるものと認められるが、一方本願発明におけるこんにやくを石灰水と共に加熱して殺菌する際の条件は、明細書に記載されているとおり、八五度Cの熱湯中で一〇分から一五分間処理するものであるから、両者の加熱処理条件に格別の差異はない。

すなわち、本願発明において、こんにやくを石灰水と共に前記の条件で加熱した場合、殺菌処理が達成されるのでなければ、引用例においても、前記の半凝固状態のこんにやくを前記の条件で加熱して凝固を完結させるに当り、含有される石灰水により殺菌効果が発現するものと認められ、又加熱された石灰水は、こんにやくが半凝固状態にある場合は、凝固が完結した既製のこんにやくよりも、より均質にこんにやくの組織内に浸透するものであるので、加熱された石灰水による殺菌効果は、引用例の場合の方が、本願発明の処理よりも優るものと認められる。

さらに、引用例において、前記の半凝固状態のこんにやくを加熱して凝固を完結させた場合でも、生成したこんにやくは、多量の水分を含むものであるから、この水に石灰が溶存していることは明らかであり、一方、本願発明で用いる石灰水は、その処理過程においてこんにやくの組織中に浸透するものであることからみると、両者の目的物たる袋に密封されたこんにやくの状態に特段の差異はないといわなければならない。

又本願発明に係る袋に密封されたこんにやくが、かりに、引用例に比して石灰水を多く含むとしても、引用例に従来技術として、こんにやくを希薄石灰水に浸漬して保存することが示されていることからみれば、何も新規の知見に属するものではない。

してみると、本願発明と引用例との前述の相違点をもつて、本願発明が、引用例に比して進歩性ある技術的解明を達成したものと認めることできない。

以上説示したとおり、本願発明は前掲の引用例に開示された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるのであり、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四、従来技術、

引用例に従来技術として、こんにやくを希薄石灰水に浸漬して保存することが示されている。

第三争点<省略>

第四証拠<省略>

第五争点に対する判断

一取消事由(一)について

原告は、本願発明は、公知の方法で製造された既製のこんにやくの保存処理法に関するものであつて、こんにやくの製造を目的とするものではないと主張する。

本願特許公報に示されている、こんにやく類の保存処理法という本願発明の名称および本願発明の要旨によれば、本願発明は原告が主張するとおりこんにやく類の保存処理法を目的としているということができる。

しかしながら、同号証によれば、本願発明によつて、最終的に製造されるものは、長期間の保存に耐え、取扱いが便利な耐熱性の気密袋に封入されたこんにやく類であるから、見方を変えれば、本願発明の目的は、このような袋入りこんにやく類の製造にあるといつても差支えない。

一方引用例によれば、引用例において最終的に製造されるものは、保存に堪え、衛生的で、収納運搬に便利な不通気性かつ耐熱性の合成樹脂又はゴム製袋に密封されたこんにやくであることが認められるから、引用例の発明の目的もこのような袋入こんにやくの製造にあるといえる。

そして両発明によつて製造された袋入こんにやくは、これをこんにやく製品と称しても差支えないと思われる。

当事者間に争いのない審決理由の要点によれば、審決は、本願発明と引用例とは、共に長期間の保存に耐え、かつ収納、運搬に便利なこんにやく製品の製造を目的とし、こんにやくが耐熱性にして気密の袋に密封されたものである点で軌を一にすると認定している。そしてここでいうこんにやく製品とは耐熱性にして気密封されたこんにやく(本願発明の場合はこんにやく類)を意味していることが明らかである。

そうすると、本願発明と引用例の発明の目的が前記のとおりであるといえる以上、たとえその目的を達する技術的過程において両者に相違があるとしても、審決が両者の目的をこんにやく製品の製造と認定したのは、誤りでないといつてよい。

なお原告は、本願発明は、こんにやくばかりではなく、しらたき糸こんにやく等既製のすべてのこんにやく製品の保存に適用できるのに対し、引用例においてはそれができず、この差異を審決は看過していると主張する。

<書証>によれば、本願発明は引用例に比べて原告主張のとおり適用範囲が広いことが認められる。しかしながら、引用例においては、従来技術として、こんにやくを希薄石灰水に浸漬して保存することが示されていることは、当事者間に争いがない。また、<書証>によれば、後に述べるとおり、この保存水はこんにやくの腐敗防止の作用をも有していることが明らかである。そしてこのような保存法が、当然しらたき等のすべての既成のこんにやく類に適用できることは多言を要しない。

既成のこんにやく類についてこのような周知の保存法が存在する以上、これと先行技術である引用例に示されているような耐熱性で気密の袋を利用して、本願発明に想到することに格別の発明力を要するとはいえない。しかも本願発明の適用範囲の広さといつても、それはこれらの周知または先行の技術に由来するものであつて、進歩性の根拠とはなしえないものであるから、審決がこの点に言及しなかつたとしても、あえて違法とはいえない。

二取消事由(二)について

(一) 同(二)(1)について

前記審決理由の要点によれば、審決は、本願発明と引用例との加熱処理前の袋に封入されたこんにやくの状態は、完全凝固か半凝固かの差異はあつても共に石灰水が介在していることは明らかであると認定している。原告はこの認定を誤りであると主張するが、審決は、加熱処理前の袋に封入されたこんにやくの状態について述べたもので、この時には、引用例では、まだこんにやくは凝固していないことが明らかである。そして引用例において、凝固後に石灰水が存在しなくなるかどうかは別として、凝固前では、石灰水が混入されていることは、前記の記載から明らかであるから、審決の認定に誤りはない。

(二) 同(二)(2)について

原告は石灰水はこんにやくの凝固のために用いられるのであつて殺菌のためではないと主張する。

成立に争いのない乙第一号証の二によれば、一般にこんにやくの製造に用いられる石灰水の本来の機能は、こんにやく粉の凝固にあると認められるが、同号証に「営業の場合は幾分アルカリを多くする方が腐敗(アク負け)し難くてよい。」と記載されていること、又前記乙第一号証の三に「製造の際のアルカリが多いほど、また保存水のアルカリの強いほど微生物が繁殖し難いので腐敗が少なくなり、」と記載されていることからみると、石灰水は凝固という本来の機能のほかに腐敗防止(殺菌)の作用をも有していることが明らかである。

そして凝固したこんにやく中にアクすなわちアルカリ成分が残留していることは、前記乙第一号証の三に「蒟蒻中のアクと保存水中のアクを同濃度とする。普通の場合の保存水は、水一斗に対して石灰水を小サジに二杯位入れてよくかく拌すればよい。」と記載されていること、成立に争いのない乙第二号証の二に、こんにやくの製造法として「これを冷水中に漬けておくと<こんにやく>から過剰のアルカリが溶出して<あく味>がなくなる。」と記載されていることなんびに成立に争いのない乙第一号証の四および前記乙第二号証の二には、一般のこんにやくの成分として石灰が含まれていることが記載されていることなどから明らかである。

そこで引用例における石灰の使用量を検討すると、前記甲第三号証によれば、引用例では、こんにやく粉五〇グラムに対し、合計三グラムの消石灰(生石灰として2.26グラムに相当―分子式から計算)を加えている。

これは、前記乙第一号証の二に記載されている消石灰の使用量である精粉重量の三〇分の一から二〇分の一、および前記乙第二号証の二に記載されている石灰(生石灰)の使用量である精粉一五〇グラムに対し石灰四グラムのいずれよりも多いから、引用例におけるこんにやくには、これら乙号各証記載のものよりも多いアルカリ成分が残留し、これが腐敗防止の作用を奏していることが明らかである。

そうすると審決に原告主張のような誤りはない。

(三) 同(二)(3)について

原告は生成したこんにやくには石灰は残存していないと主張し、<書証>によれば、原告主張のようにこんにやく組成の分析表が大正一一年に発表されていることが認められる。

しかしながら、この分析表における灰分がどのようなものを指すのか、この灰分が含まれていないかどうか明らかではないので、この分析表は原告の主張を裏付けるには不十分であつて、むしろこんにやく中に石灰分が残留していることは、さきに認定したとおりであるから、審決に原告主張のような誤りは存しない。

三取消事由(三)について

原告は本願発明と引用例とでは加熱処理条件に差異があると主張する。

本願発明の要旨によれば、本願発明の構成要件となつている加熱工程は、殺菌工程における加熱(原告の主張する(C)工程)であることが明らかであり、原告の主張する(a)混練工程における(b)養生工程における加熱は、本願発明の特許請求の範囲には規定されていない。

一方前記引用例には「凝固と殺菌とを同時に行なう」との記載があることが認められ、これによれば、引用例の密封後における加熱(原告の主張する(b)工程)で殺菌がなされていると認められる。

そこで両者の殺菌ないし保存効果に関係する加熱条件を比較すると、本願発明では、八五度Cで一〇分から一五分であり、引用例では、煮釜で約二〇分であつて、両者に格別の相違はないといえる。

したがつて、本願発明と引用例との間には、殺菌ないし保存効果に関係する加熱処理条件に格別の差異はないというほかはなく、審決に原告主張のような誤りは存しない。

なお、原告は、本願発明と引用例とでは加熱処理条件が違いその結果両者の間には保存効果に著しい差異が生ずると主張し、甲第七号証と同第九号証の試験結果を提出している。

しかしながら、一般に本件のような保存効果を問題とし、その比較試験を行う場合には、試料の調製および試験の際の諸条件が同一でなければならない。

ところが、甲第七号証では、こんにやくの含水量、石灰含量、こんにやくとともに封入する石灰水の濃度、量、包装密封の条件などが、また甲第九号証では、こんにやくの含水量、石灰含量、包装密封の条件、凝固、殺菌の条件などが明確ではなく、これらはいずれも保存効果に著しい影響を与えるものである以上、これら甲号証を比較試験の資料とすることはできない。

四取消事由(四)について

原告は従来こんにやくを石灰水中に保存したのは殺菌のためではないと主張するけれども、従来技術の保存水はこんにやくの腐敗防止の作用をも有していることはさきに認定したとおりであるから、審決の判断に原告主張のような誤りはない。

五以上のとおり、審決には原告主張の違法はなく、原告の請求は失当であるから棄却し、主文のとおり判決する。

(古関敏正 杉本良吉 石井彦寿)

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